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氷室冴子は永遠に。感想とオススメ小説まとめ

今回はとても個人的なお話。
先日、「氷室冴子: 没後10年記念特集 私たちが愛した永遠の青春小説作家」をAmazonで購入した。

知り合いの方(同世代)が、SNSでこの冊子について書いていて、思わずAmazonでポチッとしてしまったのだった。亡くなったことをメディアで知った時は、とても不思議な気分だった。妖怪みたいにしぶとそうな作家が死ぬなんて!何かの冗談に違いない。
でも実際彼女は亡くなり、新作を本屋でみることもなくなった。

氷室冴子と出会う

彼女の小説に出会ったのは中学生の夏休み。祖母とともに住む叔母の家に長期で滞在していた時のこと。
叔母は独身で、美人ではないけれど、出かける時はきっちりお化粧をする洗練されたひとだった。県一の進学校を首席で卒業した彼女は、銀行に就職したが定年退職までずっと事務員だった。世が世なら、きっと叔母はキャリア組として管理職になっていたことだろう。

そんな叔母の家の本棚に整然と並んでいたのが、氷室冴子の「なんて素敵にジャパネスク」だった。
ドフトエフスキーとか、安部公房を読み耽るマセガキだった私は、最初は、コミック調の表紙を、気乗りしない思いで手に取った。

そして夕暮れ、電気をつけるのを忘れるほど、どっぷりハマったのだった。

等身大の言葉たち

氷室冴子の魅力は、私の、そしてあなたのための等身大の言葉がつづられていることだ。難しい言葉も、気取った「文学性」とも無縁なドキドキさせられる鋭い言葉たち。大概において、この世は生きづらい。そんな時、健やかに正しくあろうと苦闘する少女達の姿は、きっと今のワカモノの心にも刺さるものがあると思う。

オススメの小説

1.「恋する女たち」

作者出身の北海道が舞台。高校2年生の主人公の吉岡多佳子には、2人の変わった友達がいる。1人はお嬢様で美少女なのに趣味が「自分の葬式ごっこ」の江波緑子。もう1人は学年トップクラスの秀才だがヘビースモーカーで、俗世間から超越した風情のアーティスト志摩汀子。3人の女たちそれぞれの「恋」をめぐって繰り広げるられる青春群像劇。

印象的なのは、緑子の「葬式ごっこ」で多佳子は、檸檬(あえて漢字、梶井基次郎の小説から引用)を持参し、汀子は曼珠沙華(彼岸花)をもって、葬式を祝うというくだり。真っ赤な曼珠沙華を下げた汀子を見て「やられた!」と思う多佳子、ニヤリと笑う汀子。中学生の私には、状況が高度すぎてパロディにしか思えなかった。

そして、主人公の多佳子のことを汀子が「置屋のやり手婆」とのたまうこと。
当時私は、一応清純な中学生だったので「置屋」が何かわからず、随分大人になってから大阪のとある界隈で本物の「やり手婆」を目撃し、衝撃を受けた。
そして、多佳子が観に行く映画はズバリ成人映画で、さらに愛読書は富士見ロマン文庫(海外の官能小説の翻訳出版本)。
等身大というより、現代においてもかなりサバけた、かっこいい女なのである。

2.「海がきこえる〈2〉アイがあるから」

ジブリ映画にもなった「海がきこえる」の続編
大学1年の夏、主人公の杜崎拓は故郷高知に帰省した。親友・松野と里伽子のわだかまりも解け、気分よく東京に戻った拓の部屋に、年上の女性、津村知沙が入り込み泥酔し寝ていた。「その年上の女、たたるぞ」という松野の言葉が拓の脳裏に甦る。不倫の恋に傷ついた知沙。離婚した父とその再婚相手との間で傷つく里伽子。どうしたら人は人を守れるのだろう?さまざまな思いと痛みが交錯しながら拓は東京ではじめての冬を迎える。

私は個人的には「海がきこえる」よりも続編の方が好きだ。人間にはそれぞれの背景があり、どうしようもないことと隣り合わせに生きている。登場人物は悩み、傷つき、そして静かに他者を受容してゆく。決して綺麗なだけではない人間の豊かさがこの小説にはある。

以下も併せてオススメ

氷室冴子は永遠に

人と違う道を生きることは難しい。特にフリーランスの物書きであり続けることは、きっと身をすり減らす行為だったのだろう。
のめり込みやすく、お喋り好き、そして誰よりも正義感のある人。

きっとお知り合いだと、色々めんどくさいところもあるお方だったのではないかと、彼女と個人的に近しかった方々の証言を読むと思う。
だけど、ちょっといい加減なところを、怒られてみたい。氷室冴子は永遠に「ちゃんとしなさいよ!」と読者をシャンとさせるお姉さん(先輩)なのだから。

afi
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この記事は、共同執筆者のafiが担当しました。afi執筆記事の一覧はコチラ